植物アレルギーの原因考察:落ち葉


落ち葉はやっかいもの?
落ち葉は常に問題視されていて、植物が好きな人であっても近隣の人を気にしないといけないですし、大きな樹木がある地域に新しく家を建てた方で、落ち葉で樋が詰まるし、邪魔だから切りたい。と言われたこともあります。
落ち葉は問題の発生源で厄介者という印象を持たれています。秋の落葉期以前にバッサリ街路樹や公園の樹木が切られている様子も毎年のように見かけます。越境して入ってくる落ち葉はゴミを近隣から捨てられているのと同じように感じる方もいるようです。

境界なく、近隣の樹木の枝がせり出てきて重なり合う位のほうが景色として作りやすいので助かりますが、今の現状ですと、それほど伸びない木を植えてもお隣から落ち葉が落ちるからやめてほしいと取りやめになったり、セットバックして植えるようになったりするなど、これまで落ち葉トラブルを仕事の中で何度も経験してきました。

木を植える場合も、落ち葉が落ちない木を植えてほしいと言われることもあります。落葉樹は落ち葉が落ちて、常緑樹は落ちないと思われることが多いようです。
このように落ち葉は今相当に嫌われており、大きな木になれば増える落ち葉は木を育てる障害となっています。

・落ち葉とうまく付き合うには。
幾つかの考え方が必要。
大きな木が育つことでエリア価値が上がる実例はいくつもあるでしょう。
御堂筋のイチョウ並木、表参道のケヤキ並木、出雲の黒松並木。仙台のケヤキ並木
不動産価値の例を上げると海外では緑に1ドルの投資をすれば5ドルのリターンがあると言われています。大きな樹木や、みどりが豊かなパブリックスペースがあれば、不動産価値が上がる。だからこそ変な切り方をせず育てていく。経済合理性に成り立っての高木なのかもしれません。

落ち葉のはたしてくれる役割
そういった背景を踏まえて、落ち葉のデメリットだけではく、樹木がそこで育つ価値も考えなければ行けないでしょう。公園であれば、緑陰をつくる。視線を柔らかく隠す。雨水涵養。土壌侵食防止。洪水緩和。居心地の良さ。使える季節を長くする。何もない更地だと、夏はあつすぎる。温かい冬の日中も眩しすぎる。ちょうど落葉した樹木の影が柔らかいくらいを求める。

なぜ竹ぼうきで人が掃くのか?
まずは大きな樹木が多い場所は、手作業ではなく機械化して作業の効率を上げる必要がある。何故か、大きな道沿いであっても、掃除はシルバー人材センターの方々が人海戦術で行っているが、落葉期がわかるので、その季節だけでも落ち葉などの集積は機械化すれば良いでしょう。

落ち葉は年中落ちるのか?
落ち葉の掃除は大変かもしれませんが、年中あるわけではありません。春から秋までは緑が茂り、冬前に落ち、落ちたあとは葉がない状態の佇まい。落ち葉だけを考えると1年に1ヶ月だけの間のことしか考えていないと言える。木々が私たちに提供してくれるものは残りの11ヶ月はもしかしたら落ち葉に困る人でもポジティブに感じているかもしれません。
私たちの日常の生活でも、大変なものを自動化していくととはAIや自動運転などいま研究開発が進められている分野では、かつて掃除機や洗濯機が登場した頃のように大きな変化を暮らしに与えてくれるかもしれません。
仕事もAIに奪われる論もありますが、AIに置き換えて余った時間があるのであれば豊かに暮らす。気持ちのいいところで時間を過ごすなど。これまでの生き方と違った世界がより求められるのではないでしょうか。効率化はAIには勝てないかもしれませんが、非効率なのになぜこんなことを求めるのか。暮らしの豊かさや街の景観。豊かな公共空間。そんな価値観をこれから育むためにもそのシンボルにもなる大きな木が育つ。町や人がそんな心の余裕を持てれ良いなと思います。