特集|パーランドコーヒーの庭づくりクロニクル。

Chapter1 2012カフェ開業と、庭にまつわる試行錯誤の思い出。

「建築が好きで、空間をつくるのが好きだからカフェを始めた」と語るのは、「パーランドコーヒー」オーナーの井上満裕さん。お祖母さまから受け継いだ家屋付き土地を更地にし、建築士の力を借りながら、こだわりを詰め込んだ店舗を形にしましたが、開業当時は、庭についてまだ明確なイメージが持てずにいたといいます。

井上:予算がなかったのもあって、庭は自分でつくろうと考えて、最初はオリーブやシマトネリコ、シラカシ、ヤマボウシなどを買ってきて植え、あとは空いたスペースで店で使うハーブを育てていました。

やがて「ハーブの生育が悪い」「樹木が枯れる」などのトラブルに頭を抱えた井上さんが、土壌改良の相談を持ちかけたのが、人づてに紹介された西山でした。やがて相談は土づくりだけに留まらず、植栽にも及ぶように。

井上:西山さんの農業や土に対する考え方は、僕の価値観と似ているなと思って、信頼を置いていたんですよね。僕は、建築に関しては若い頃から興味があったから、ある程度好みもはっきりしていたけれど、樹木選択に関してはまったくの素人で、知識もない。でも空間って建築だけじゃ成り立たなくて、植栽もひとつのエレメントとして大切だから、そこは専門家の力を借りようと思いました。

当時の西山は、リビングソイル研究所の設立前で、植栽については仕入れや設計などもまだ手探りの状態。井上さんの「好き」のツボを探りつつ、「どんな庭をつくりたいのか」について井上さんと話し合う機会が増えていきます。

Chapter2 2013-2015カフェ開業と、庭にまつわる試行錯誤の思い出。

そんな「パーランドコーヒー」の庭づくりに転機が訪れたのは、2013年秋。英国人ランドスケープデザイナー、ポール・スミザー氏が手がけたナチュラルガーデンを見に、2人して鳥取まで出かけた経験が、ひとつのきっかけになりました。スミザー氏が手がけたのは、鳥取の郷土の植物を使用した、地域の風土に合った庭。

井上:衝撃を受けましたね。もともと“自然の中に建物がある”というのに憧れて、自分なりに樹を植えてみたけれど、ホームセンターで買った園芸種を植えてもそうはならないんです。そうじゃなくて、播磨の里山の天然林を再現することで、あたかも先に庭があって、あとから建物が立ったかのような世界観が生まれる。それが理想だと、ポール・スミザーの庭を見て改めて思いました。当時、西山さんもそういう方向性で植栽をやり始めていたから、お互いの理想が一致したんですね。

幼少の頃から、両親に連れられてしょっちゅう山歩きに出かけていた井上さん。転勤族だったため、北は岩木山、南は屋久島までさまざまな山を歩いたといい、「その時に見た自然の姿が、原風景になっているのかも」と話します。

2015年に始まった庭の改造は、まずハーブガーデンを撤去して高木コナラ、ヤマコウバシなどの自生種を植えるところからスタートしました。

Chapter3 2016‐2018ウッドデッキの居心地が格段に向上。

現在、「パーランドコーヒー」の特等席といってもいいのが庭を一望できるウッドデッキ。ウッドデッキ自体は開業時からしつらえられていましたが、当初は屋根もなく、外で過ごそうという人は皆無でした。そこで2013年に屋根の梁をつけ、日よけのオーニングを張って快適性をアップ。ただ、道路側の植え込みがまだ貧弱だったため、落ち着いてくつろぐにはほど遠い状態でした。

そこで第2期工事では、道路側の植え込み部分の土を高く盛り上げ、さらに植栽を三層にして奥行きを増し、デッキに座るとぐんと緑が近くに迫って感じられるようなつくりにアップデート。これにより、敷地の内と外がゆるやかにつながる感じを残しながらも、道行く人の目線をほどよく遮り、安心感をもたらしています。こうして名実ともに「庭が気持ちいいカフェ」としての世界観が徐々に確立されてきました。

第1期工事で植えた植物も、この頃になるとほどよく成長。それに伴って、初期に植わっていたオリーブやシマトネリコなどの園芸種に違和感を覚えるようになり、撤去することに。

井上:僕は途中から完全に西山さんにお任せになって、今は何がどれだけ植わっているのか全部は把握していない状態です(笑)。西山さんはここをナーセリー(仮植えして育苗を行う場)代わりにもしていて、時々ここで育った樹をどこか必要なところへ持って行ったりするんですが、何かがなくなっても、また何かが足されて、ずっと更新し続けている感じですね。僕がやるのは草抜きと水やりぐらいで、剪定は西山さんにお任せしています。よく「世話に手間がかかりませんか」と聞かれるんですが、グランドカバーの下草や、土を覆うウッドチップのおかげで雑草も生えにくいから、全然手間はかからないですね。

リビングソイル研究所が、ここを見学可能な「モデルガーデン」やナーセリーに使わせてもらう代わり、パーランドコーヒーには植物購入や剪定作業費の負担はなし。そんなWin-Winの関係により、さまざまなトライアル&エラーが可能になり、リビングソイル研究所の経験値は一層充実することになりました。

Chapter4 2019-現在緑に触れながら、思い思いの過ごし方が可能に。

2019年には、ウッドデッキの道路側にカウンターを設置。ひとりで本を読んだり、ぼんやりともの思いにふけったりするのにちょうどいい席ができました。さらに、西の島~中央の島にも植栽を増やし、今では庭全体で110種を超す植物が生育するまでに。

井上:今は、店内の南向きの窓際から眺める庭なんか、すごく好きですね。土が自然に盛り上げられ、大きめの石も配置されて、店内の床に比べてグラウンドレベルが高いので、窓から外を見た時、植物がぐっと近くに感じられて臨場感があるんです。

数年の歳月をかけてつくり上げた「パーランドコーヒー」の庭。今ではここを訪れるお客様の中には、入店前や帰り際に、しばらく立ち止まって庭を眺める方も多いといいます。

井上:視覚だけじゃなくて、樹々の梢が風に吹かれてサヤサヤいう音も含めて気持ちいいし、癒されますよね。しとしと雨の降る日も素敵ですし。この気持ちよさって写真には映せないから、SNSとかでは魅力が伝わりづらいんでしょうね、「写真で見たのよりずっといい」ってよく言われます。 あとは樹々が大きくなってくれて、今よりもっと建物と緑を近づけられたら、と思います。それができてようやく「庭」を超えられる、つまり本当の自然の森の中に建物があるという理想を実現できると思うんです。

歳月とともに味わいを増しながら、店を心地よく包む「パーランドコーヒー」の庭。その進化はこれからも続きそうです。